公開日 2021年07月05日
第99回島根大学サイエンスカフェは第1弾として7月2日(金)に新型コロナウイルスのワクチンをテーマに、第2弾として7月19日(月)に新型コロナウイルスのウイルス学をテーマに開催しますが、そのうち第1弾を、学外者および本学教職員58名を迎え、「健康長寿のための感染症包括ケア」を大テーマに、医学部微生物学講座の飯笹 久 准教授がオンラインにて講演を行いました。65歳未満の年齢層及び職域接種が始まったタイムリーな時期での開催となり、参加者も多く、質疑応答時間でご紹介しきれないほど多くの質問が寄せられ、関心の高さが改めて感じられる盛会となりました。
現在、国内で使用されているファイザー、モデルナ製の新型コロナウイルスのワクチンは、聞き慣れない「mRNAワクチン」であり、広く人に適用されるワクチンとして初登場であるため、期待も大きい一方、不安を感じる者が多いのも事実です。講演の冒頭では、一般的に馴染みのあるワクチンを引き合いに、ワクチン種別と、mRNAワクチンの必然性について、丁寧な説明がありました。
ワクチンには、弱毒化した微生物を使う“生ワクチン”と、微生物を化学薬品処理して感染性を無くしたものもしくは、微生物のタンパク質を精製して使用する“不活性化ワクチン”の2つがあります。
生ワクチンの代表例は、乳幼児がシロップの状態で飲んでいたポリオワクチンです。ポリオは、第二次世界大戦中の米国大統領ルーズベルトも罹患した難病で、下肢の麻痺を引き起こすことがあります。ポリオワクチンは、ポリオウイルスの感染とポリオの発症を強力に抑制しますが、その際に抗体とウイルス感染細胞を破壊するリンパ球の両方の免疫をつけることができます。ところが、ポリオ生ワクチンは、ごく稀に接種者の体内で病原性が復帰するという問題点がありました。このため、10年ほど前から足球即时比分ではポリオワクチンは、生ワクチンから不活性化ワクチンに変わっています。新型コロナウイルスの場合、まだどのウイルス遺伝子が病原性に重要なのかよくわかっていません。そのため作成した生ワクチンから病原性が復帰したら、大変な問題になってしまいます。
一方、不活性化ワクチンの代表例は、多くの人が毎年接種しているインフルエンザワクチンです。不活性化ワクチンは感染性がなく、安全性はとても高いという特徴があります。一方、生ワクチンと違い、不活性化ワクチンの多くは、抗体産生しか誘導しません。これで感染防御に十分なこともありますが、呼吸器感染症の場合、不活性化ワクチンの多くは感染そのものを抑制できません(重症化は抑えます)。また、免疫継続期間が短いこともあります。更にワクチン開発に時間を要することもあります。そのため、既に蔓延している新型コロナウイルス感染症を抑えるには、生ワクチン、不活性化ワクチンでは困難な状況にありました。
そんな中、登場したメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、病原体やそのタンパク質を接種するのではなく、ウイルス遺伝子情報のごく一部を細胞内に入れるという方法です。つまり、私たち自身にウイルスタンパク質を作らせるのです。この状況に不快感を持つ人もいますが、これはウイルス感染の一部を再現していることになります。実は通常のワクチンよりも、より実際のウイルス感染に近い状況を人工的に作り出すわけです。この利点としては、ワクチンには生ワクチンと違い実際の病原体を含まないこと。また、不活性化ワクチン接種の時に、免疫を増強させる“アジュバント”と呼ばれる物質が不要であること(アジュバントに、強い副反応を持つ人もいます)。そして、生ワクチンにかなり近い状況を作り出すため、抗体産生と共に、ウイルス感染細胞を認識?除去能力を持つリンパ球も活性化できます。さらに、遺伝情報さえ分かればすぐにワクチンを作成することが可能です。
2020年に突然世の中に出てきたmRNAワクチンに、多くの人が驚いたと思います。ですが、mRNAワクチンの基本技術は、30年以上前には存在していました。しかしワクチン接種後の強い炎症反応、またその割に免疫効果が低いこと。更に開発コストが非常に高い等の理由により、長い間世間から注目されることはありませんでした。ところが、研究者による粘り強い基礎研究の積み重ねにより、最近、幾つかの問題点は1つ1つクリアーしていました。更に、コロナ禍対策として、官民一体となった莫大な研究資金の投入、治験の工夫(一部治験を重複して行う)、患者数の増加などにより、一気にブレイクスルーが実現し、mRNAワクチンの登場となりました。
講師から、このブレイクスルーについて、病原体の遺伝情報(RNA(リボ核酸))に核酸修飾を追加することで炎症を抑える技術、また、特定の核酸修飾により細胞内で作られるウイルスタンパク量を多くする技術などの詳細を説明し、mRNAワクチンの効果を客観的なデータで示したうえで、皆さんのワクチン接種の際の判断材料として貰えたら幸いです、と講演を締めくくりました。
講義終了後に、下記の数件を含む多数の質問が寄せられ、講師から分かりやすい回答がありました。
- 基礎研究があったとしても、人間にワクチンを打ち始めたのはここ最近のことでしょうか。子宮頸がんのワクチンで20年後~30年後に死亡した事例を知ってから、30年程待って安全性を確認してから打つ方が良いのかと考えています。
→mRNAワクチンは、コストと効果の関係から、2020年まで製品化に至っていませんでしたが、2007年頃から小規模な臨床試験が行われています。従って、15年ほどのヒトへの接種記録があります。また、mRNAワクチンは細胞に取り込まれると急速に分解されるため、分解されるまでに如何に多量の抗体を作らせるかが、開発の肝でもあります。この分解速度とmRNAワクチン体内滞在時間から、副反応は数日、最大でも数週間程度と想定されています(一般的にワクチンの副反応は6週間以内に発症する)。後遺症を含む新型コロナウイルス罹患のリスクと、ワクチン接種のリスクを相対的に考慮してはどうでしょうか。 - 女性がワクチンを打つと、不妊症になるなどの噂がありますが、それは本当なのでしょうか。
→mRNAワクチンの作用機構から判断して、子宮、卵巣への蓄積は、ほぼないと思います。従ってこれら臓器への影響は極めて少ないものと思われます。 - コロナ感染者の男性の生殖機能の低下はなぜ起こるのでしょうか。
→ 細かい分子機構はまだ不明ですが、精巣に新型コロナウイルスの感染に必要なタンパク質が高発現していることから、直接ウイルスが感染して、精巣機能に影響を与えているのかもしれません。また、一般的にウイルス感染で高熱が長い期間続くと、精子数が減少するという現象がよく認められます(精巣の機能は、高熱に弱いため)。 - 20代の人々がコロナウイルスに感染して死亡する事例は、交通事故により死亡する事例の数よりも少ないと聞きました。20代でも、やはりワクチンは接種したほうがいいのでしょうか。
→「重症化」の定義が、一般的に理解されているものと、やや乖離があるように感じています。罹患者の5%が重症化しますが、この5%は生死に関わるレベルで、肺炎、数週間続く高熱、生活に支障が出る倦怠感、頭痛、息切れ等は含まれていません。罹患のリスクとワクチン接種のリスクを適切に検討してください。 - コロナに感染することで自然免疫が得られると思います。コロナに感染したことがある人でもワクチンを打つべきでしょうか。
→ 新型コロナウイルスは、ウイルス免疫に重要なインターフェロンなどの産生、応答性を低下させることが知られています。そこで、ウイルス感染した人の新型コロナウイルスに対する抗体価は、ワクチン接種者と比べ、低下していることがあります。従って、ワクチンを接種することを推奨します。ただし、ウイルス感染経験者は、ワクチンを一回接種するだけで十分な免疫を得られることが報告されています。 - ワクチン接種による副反応の発熱に対する解熱剤の使用についての考え方を教えてください。
→若い方が副反応で一番懸念しているのは、高熱です。解熱剤については、厚生労働省が、記載していますのでこちらを参考にしていただければと思います。解熱剤を飲んでも、免疫効果に影響はありません。https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0007.html - 私たちはすでにコロナウイルスに出会っているし、接触しているから、もう免疫があるのでは、という考え方は間違いでしょうか。
→ 足球即时比分各地で、市民の新型コロナウイルスに対する抗体価を調べています。そのパーセンテージは、どこで測定しても、感染者数から計算される数値と合致します。このことは、新型コロナウイルスに対する免疫がない人が大量に存在しているということになります。 - 新型コロナウイルスは天然痘のように撲滅される日は来るのでしょうか。
→天然痘ウイルスは、ヒトにだけ感染するウイルスでしたので、ワクチンで駆逐可能でした。一方、新型コロナウイルスの場合、動物にも感染しています。このようなタイプのウイルスは、感染を抑制するのが難しいことが知られています。長期的には、おそらく病原性は低下して時々流行する、季節性インフルエンザのようになるかもしれません。
ワクチンへのQ&Aはこちらをご覧ください。https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/safe/
次回の第2弾、新型コロナウイルスのウイルス学は、7/19(月)15:00~16:10に同じくオンラインにて医学部微生物講座 吉山 裕規 教授を講師に開催予定です。引き続き、皆さまのご参加をお待ちしております。
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飯笹 久 准教授の講演の様子
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